『千と千尋の神隠し(2001年)』の幻のエンディングは、千尋がハクと別れた後、両親とともにトンネルを抜け、葉っぱが積もっ…
非常に多くの人がこの幻のエンディングを見た記憶を持っている。インターネット上には再現映像やアンケート調査も少なからずあり、ある再現動画のアンケートでは、ある時点で、回答者38,531人のうち、6,461人、なんと17%もの人が見たという記憶を持っていたそうである。科学的な表現をするならば「有意に多い」と言うことができるだろう。著者の場合は、劇場公開に足を運んだことはなく、日本テレビ系列の「金曜ロードショー」で観た際に、この幻のエンディングを見た記憶を持っている。また、千と千尋の神隠しにはもうひとつマンデラ効果があり、カオナシの目の上下についている縦の模様が、赤色だったはずなのに紫になったり灰色になったりと変遷していることも指摘されている。千と千尋の神隠しの幻のエンディングが知られ出したのは2014年頃からだが、当時、劇場公開に何度も足を運んでいた方も、ある時からエンディングが変わったと記憶しているなどの場合があるようである。 ○ 手塚治虫の天才外科医の漫画、ブラックジャックのアニメ化作品で、患者さんが博徒系のヤクザか何かで、普通に医者に行けない特殊事情があり、依頼を受けたBJ先生が博徒(反社)だらけの雀荘に入っていき、遠くから警察のサイレンが聞こえただけで、射殺でもされるのかという勢いで「サツが来たぞ!逃げろ!」となり、蜘蛛の子を散らしたように矢庭に遁走する場面があったエピソードも、ハードボイルド過ぎ。子ども向けアニメの内容じゃない。なお、そのエピソードの記憶に追加すると、雀荘のヤクザたちも、顔とかに傷跡があったりするような人ばかりだったから、BJ先生も、顔パスでそこに入っていけて溶け込めたとか、あるいは容姿について何か言われるみたいなくだりもあった。 あるいは、ブラックジャック邸が時限爆弾で吹き飛ばされて、BJは目の前でタイマーのカウントがゼロになるまで刻まれるまでピタリと凍りついたように動かなかったので確実に死亡、翌週の回ではピノコと犬が一所懸命に丹念にBJ邸跡地をシャベルで掘り起こす描写があったが、しばらくのちにあまり納得できる説明や筋書き無しに、どこからかひょっと現れてBJが復活するという不可解な展開があったりもした。 またあるいは、白人女性の愛人(既に美人)を、世界一の美女にするように美容整形をする依頼を受けて、自分の(ブラックジャック先生の)お母さんのそっくり同じ顔に美容整形して、手術を受けた白人女性は結構それを気に入ってしまって、依頼した金持ちのクズ男だけが絶望するエピソードも、絶対にあったけれど、人種差別、白人差別、あるいは日本人差別などの側面をはらんでいて、ひじょうに際どい。冷静に考えたら、放送倫理的に絶対にあり得ない。マンデラエフェクトだと思う。たびたび対峙する、ライバルの安楽死専門の闇医者がいた記憶とかも、子ども向けアニメで扱える内容じゃない。 ○ 名探偵コナンの劇場版をテレビで見た際の記憶として、着陸困難に陥った旅客機内で灰原哀ちゃんが丹念に検討、詮議と却下を重ねて(尾根幹とか首都高とかも検討されていた。羽田や成田は、横風や進入経路等で無理だった。あと、DMEとかも使えない)、いよいよダメだとなったときに、怪盗キッドが高層ビルの最上階で、俺は本当は銃は嫌いなんだみたいなキザなことを言いながら、押っ取り刀のサブマシンガンを横薙ぎに360º回転しながら乱射して窓ガラスを粉砕し(ズームインしたりズームアウトしたり、交差してキッドが回転する方向とは逆向きに視点が動いたり洋画みたいなカメラワーク)、これによって水を得た魚のように勇み奮った日本警察のパトカーが大量に緊走し(コナン君もどんだけ集まるんだよとつっこむほど。多車線道路を埋め尽くす)、その赤色灯が着陸誘導灯火になり、着陸困難に陥った旅客機は首都高3号渋谷線などに着陸して窮地を脱するといった展開・シーンがあったり、 怪盗キッドが制服警察官に変装し、腰に提げている警棒の形状がおかしいので変装をコナン君に見破られ指摘され、一緒にいた1〜2名の警察官も、そういえばたしかにお前の警棒は変だぞといぶかしむシーンがあったり(その場はコナン君と怪盗キッドが呉越同舟か何かしてて暴かれない)、 あとは、へっぽこ警部の山村ミサオ(CV.古川登志夫)は鳥取県警察の警察官で、コナン君が「おいおい大丈夫かよ鳥取県警・・・(笑」と言っていたはずなのに群馬県警の警察官になっているし、 警察関係者の結婚式の披露宴か何かで、出席者の刑事たちが軒並み全員目つきが悪い、顔が怖いというエスニックジョークなコミックリリーフシーンがあったり、単行本で、寝てるときに胸部を刃物で刺されて死亡という事件があったり(それを読んでからしばらく、寝るのが怖かった)、 単行本でどっかの山荘か別荘で、服用すると狂乱のスプラッター状態が生じる薬物をパーティー参加者の酒に盛られて、スプラッターな事件現場みたいなやつがあったりしたのに、ぜんぶ消えている。また、コナン君の推理や行動が佳境に入ったときのBGMは、『太陽にほえろ!』のリバイバルだった。
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『のだめカンタービレ』は当初、「のだめカンターレ」だったのだが、ある日突然、過去に遡って忽然とパッと変化したのを見た人が多数いる。幸福の科学の祭る神様である地球最高神「エル・カンターレ神」とかぶってしまうからではないかと言われている。 ◯ 『風の谷のナウシカ』のエンディングまたは主題歌で安田成美(やすだ・なるみ)が「風の谷のナウシカ」を歌っていたと記憶している人は多い。だが今は無かったことになっている。また、なかなか音痴だったとも言われている。 ◯ 『天空の城ラピュタ』の幻のエンディング。パズーがシータを故郷に送る、あるいは未完成だった飛行機を完成させて会いに行く。シータは黒い水牛の世話をしている。2人は暖炉に飛行石をしめやかにしまう。天空の城ラピュタについては、著者は、エンディングの違和感よりも、ふたつの王家についてもっと複雑な詳細な設定(片や地を這い片や空中を支配するみたいな二元性)があったはずという印象を抱いた。また、主題歌の父さんと母さんがことごとく逆になっているという指摘がある。この地平線→あの地平線、母さんがくれた熱い想い→父さんが残した熱い想い、父さんが残したこの眼差し→母さんが残したあの眼差し、という感じらしい。父さんが見つけた遠い地平、母さんが繋げたこの灯(ともしび)こういった感じで、パズーの父さんがラピュタを見つけて、パズーの母さんがパズーに命の灯を受け継いで、息子が嫁(シータ)と新たな灯を家にもたらすような感じの歌だったとのこと。
「一姫二太郎」という言葉があるが、子どもは女の子一人と男の子二人ぐらいがちょうどいいという意味の言葉ではない。また、3番目があり、「一姫二太郎三用心棒」は、母を早くに手伝ってくれる女の子を第一子に、跡取りとして男の子を第二子に、戦争・災害などによる長男の死亡に備えて、「用心棒」として男の子を第三子に産むのが良いとする言葉である。あるいは「一姫二太郎三花子」というものもあり、最初に女の子で次に男の子でその次はまた女の子がよいという意味の言葉であり、最初の女の子は母をよく手伝ってくれる次の男の子を跡取りに育て三番目の次女は長く家にいて老いた親の面倒をみてくれるという意味の言葉である。
アメリカ発祥の世界的ベストセラーのボードゲームである「モノポリー」の通称モノポリーおじさんは片眼鏡をしていたはずだが、1936年の初登場時から片眼鏡をかけていたことはない。
映画「すずめの戸締まり」については、ある報告者の方によれば、宗像羊朗(むなかた・ひつじろう)の右腕が無くなっているのが変化だという指摘がある。病室で鈴芽のせいで咳き込んだ時に、自分の右手でスイッチを操作してベッドを起こしていた筈であり、右手はあった筈であるとのこと。また、羊朗を『ヒツジロウ』と読むことに違和感がある。この名前は明治によくあった名前で(干支の未が未熟や未満とかの未と同じで縁起が悪いので人名では羊をあてていた)、干支の順番にちなんでハチロウか未申の方角の幕末明治時代の別名南支の方角(これも未申だと縁起が悪いので祝い事などに使う書類の場合には南支と書き換えたという)に合わせて(ナン)シロウと読むのが一般的だった筈である。羊朗と書いてシロウかハチロウだったからよく人名あるあるで話題になっていたが、そんな事実は存在しなかったことになっている。 新海誠監督作品の『すずめの戸締まり』は、2024年の3月8日に金曜ロードショー(日本テレビ系列)で地上波初放送したはずである。著者は、今はテレビを持たない生活をしてるのだが、ネットニュースで、週末にすずめの戸締まりを地上波で放送するという話を読んだから、じゃあオレも見てみようかなと、Amazon Primeでレンタルして見たのである。注文履歴を見たら、2024年の3月6日にレンタルしている。(なお、スマホのスクショのデータを見たら、モスクワのアメリカ大使館が、ロシア当局に過激派によるテロ警戒情報を通報したというニュースも3月8日だったのである。その後、2024年3月22日に、145人が死亡し、551人が負傷する、モスクワ郊外コンサート会場銃乱射事件が発生した。)実際には、すずめの戸締まりは、2024年4月5日に金曜ロードショーで初放送された。似たようなことは、小学生の頃に、宮崎駿監督作品のスタジオジブリの『崖の上のポニョ』でも経験しており、母親と、間違いなく既に一度見たことがあると、具体的かつ詳細なエピソードを挙げて、著者は2時間ぐらい言い争ったが、話が通じず、最終的に「人間、長く生きているとたまに不思議なことがあるみたいな話があるけど、僕にとってのそういう類の話なんだよ、わかる?」と言ったら、母親はようやく納得してくれたということがあった。
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